日本からのバタフライエフェクト アスタさん

リトアニアのカウナスに住む、アスタさんにインタビューしました。
カウナスと言えばご存知の方も多い、かの杉原千畝にゆかりがある場所。アスタさんはその地に住んでいます。

アスタさん(画像 アスタさん提供)

独立回復まもなく起業した両親の会社

1993年カウナスの片隅で生まれたリネンビジネス。それがアスタさんのご両親が営む会社でした。当時、アスタさんは医療大学に通っていました。両親が経営するリネンビジネスを手伝うか、医療の方に進むかどちらかの難しい選択を迫られていました。そして深く考えた末にアスタさんは2000年に、両親の会社で働くことにしました。

KIMONOという社名

1993年よりも前、アスタさんの両親は技術者として働いていました。会社設立に際し、社名の候補がありました。会社の名前を決めるときに、いくつかはすでに他の会社が使っていたので、候補から外れました。まだ当日使われていなかった候補の社名の中で一番記憶に残りやすいKIMONOという名前に決めました。
名前が覚えやすいということと、お母様は技術者時代に日本にも出張で来たことがあり、日本を代表する生地を使ったKIMONOとリトアニアを代表するリネンとつながる部分があると考えたそうです。
両親はリトアニア語しかわからないので、海外との取引がたくさんあるため、アスタさんは会社の中で英語や、事務仕事をしていました。KIMONOはカーテン、キッチンクロス、お土産商品を生産しイギリス、ドイツ、フランス、ノルウェー、スウェーデンから発注を受けていました。

品質向上はノルウェー、スウェーデンから

設立当初から両親の会社は高品質の商品を作ることがポリシーでした。ソビエト連邦からの独立回復を果たしてまもないリトアニアで、高品質の商品を作ることができたのは、ノルウェー、スウェーデンの得意先から教えてもらったものです。サンプルをいただいて、どのように作られているかを教えてもらいました。
そのようにして、ノルウェー、スウェーデンで通用する品質レベルの商品を作れるようになっていきました。現在でもお客様や取引先の意見は自分たちが気づかないことを気づかせてくれますから、大事なアドバイスとして受け止めています。

それまで工場しかありませんでしたが、2007年に地元カウナスにインテリアとお土産品などのショップをオープンしました。外国人はもちろんのこと、海外に在住のリトアニア人も購入してくれています。その後アスタさんは自身の向上のために、2008年から2012年はイギリスのデザインスクールの通信教育を受けました。

店内の様子(写真 アスタさん提供)

月曜から土曜まで仕事づめの毎日

普段の生活スタイルは、月曜から金曜は朝8時から夜6時まで働きます。アスタさんの仕事は、ほとんど「話し合う」「交渉」「決める」全て違うことでいつも頭を使います。そして、いつも何かしらのことが発生します。土曜は午後3時まで仕事をしたら、初めて週末になります。休みは両親が住む家が10kmほどの森の近くにあり、両親に会いに行ったり、友人に会うなどします。

月曜から土曜まで忙しく働くアスタさんは、リネンのビジネスに携わって、後悔したことはないと断言します。それはたくさんの人と会うことが大好きだからです。この仕事をしていなければ、たくさんの人に会うこともなかったと思います。本音を言うと、これ以上忙しくなれば人に会えなくなってしまうので、できれば忙しくしたくないです。
アスタさんの77歳になるご両親は、現役バリバリで仕事をしています。まだ、頭も冴えているし、体も健康的な二人だから、働けるだけ働きますよ。

アスタさんは、5年前から小児がんの子供たちのためにチャリティー活動をしています。そのきっかけは日本人の方が15年ほどリトアニアの小児ガンの子供達のために、チャリティーコンサートで得た収益金を寄付していると知り、それに感銘し年2回リトアニアでもチャリティーイベントを行っています。アスタさんがサポートしているチャリティー団体はこちらです。

もっとも大事なのは「友」


コロナになって、まだ会社も自分も生きています。しかし、観光客がほとんど来なくなり、アスタさんの会社も少なからず影響を受けていました。そこに、ひとつの連絡がアスタさんの元に入りました。「アスタさん、何か私がやることはありますか?」と。そしてその日本の友人は、「Lino-Froshiki(リネン風呂敷)」を100枚発注してくれたのです。

もっとも大事なものは、「友人」だと思います。小児ガンチャリティーもコロナ禍で頂いた優しさも日本の友人からいただきました。それをアスタさんは次の人に渡していきます。このことが連鎖していき、まるでバタフライエフェクトのように、多くの人に良い結果をもたらします。



大きな夢というのはないのですが、リトアニアと日本をつなぎたいという思いが強いです。アスタさんは日本に滞在したときに、普通の日本の生活を体験したことがあります。そのときに、とても心地よいものを感じました。ですから、特に日本人のリタイアされた方がリトアニアでゆっくり、できれば1ヶ月単位で豊かな自然、食べ物、人々に囲まれて過ごしてもらいたいと思っています。より日本を知るために以前よりも日本に頻繁に行きたいと思っています。

日本のぶどう園で楽しむアスタさん
(画像 アスタさん提供)

人は日本が好きなアスタさんに「リトアニアはそれほど好きではない?」と聴きくことがあります。とんでもない。リトアニアも好きだから日本も好きなんです。どの国の文化や歴史についても敬意を払うものだと思っています。

アスタさんのカウナスの店舗のwebサイトはこちら


印象的だったアスタさんの言葉「バタフライエフェクト」一人の小さな真心が、次の人にさらに次の人にと思いやりを持って連鎖が続いていく。そうして一人ずつ小さな優しさの連鎖が続けば、次第にたくさんの人に広がり、良い世の中になるんだと心が洗われたインタビューでした。