村越ジェニーさん アイデンティティーに目覚めた日本との出会い

今回お話を伺ったのは、2002年のラトビアから来日後、日本でさまざまな活動をこなす村越ジェニーさん。今年、日本と出会って19年目となる村越さんにお話しを伺いました。

すべては「間違い」から始まった日本への渡航

2002年11月末、20歳の村越さんは成田空港にひとり降り立ちました。
イギリス渡航を考えていた村越さんですが、当時ラトビアはEUに加盟していなかったため、イギリスに渡航するには旅行とは言え、ビザ取得が必須でした。ビザ取得による出費も発生するため当時の村越さんにとって、イギリス行きは難しいことでした。
知人が「日本はビザ必要ないし、行くなら意外と簡単かもしれないね」というひとことに、村越さんは「行ってみよう! 」と一念発起してイギリス行きから日本行きに変更を決意しました。日本は自動車、電化製品など世界中で誰でも知っている製品を作っている国であるから、世界とビジネスをしています。それであれば、必ず英語は通じるだろうと考え、日本へ渡航することに決めました。しかし、それは「間違いだった」と日本入国後、数分で気づくことに。
空港に降り立ち、国際電話カードを購入する場所を空港警備員に尋ねると、村越さんの話す英語が全く通じなかったのでした。その次に尋ねた人も同様に通じなく、「ここは国際空港ですよね?」と来日初日にして、村越さんの「日本人は英語ができる」という予想は簡単に覆りました。

ラトビアへ帰国後2週間で「ある」ことに気づく

英語すら通じない日本で3ヶ月間過ごし、村越さんはバルト海沿いの街、リエパヤの自宅に帰りました。周りの友人に日本での経験や想い出を語り2週間が経ってふと、「また、日本に行きたい」と思いました。村越さんは母国に帰ってきたのになぜか、リラックスできないと感じていました。

当時、ラトビアはソビエト連邦から1991年に独立回復して11年後でした。街へ出れば身の回りのものを奪われないように常に注意し、後ろから足音がしたら、誰が歩いているか振り返り確認する生活はラトビアでは普通でした。日本にいた3ヶ月は治安の良さから、ラトビアほど身の安全を考える必要がなかったのです。
治安の良さの他にも、村越さんは日本人の思いやりが印象的だったといいます。
ある日、東京駅で道がわからなくなり、駅の警備員に尋ねると、英語がわからないにもかかわらず、村越さんに身振り手振りで丁寧に教えてくれました。今でもその警備員の方の顔をはっきりと覚えています。

英語がほとんど通じない日本で、治安がよく怯えずに生活できる安心感や、困っている人をサポートしようとしてくれる。そんな日本の人々の気持ちが村越さんの心に知らず知らずに心に刻まれていました。村越さんは初めての日本で、言葉以上に大事なものに気づいたのでした。

日本の生活で「ふと」気づいてしまった悩み

初来日から帰国した2ヶ月後の2003年3月に、旅行会社の通訳としての職を得て、村越さんは再び来日を果たしました。2004年にはフラワーデザイナーの資格取得し、ブリザーブドフラワーアレンジメント専門で、世界的に有名なホテルを担当し仕事で活躍している中、結婚し2014年に長男、2018年には次男を出産しました。

村越さんが作ったフラワーアレンジメント
(村越さん画像提供)

その後、料理を作るプラットフォームサービスを利用し、ラトビア料理を日本人に伝える活動を始めました。「東京味わいフェスタ」に出店し日本には知られていないラトビア料理を提供するなど精力的にラトビアの食文化に関わり、駐日ラトビア大使館からの依頼に応じ、ラトビア文化を広く拡散する活動されています。
村越さんは、忙しくも充実した生活を送っていましたが、「穏やかな毎日を過ごせているのに、一体自分は誰のための人生なのだろか」と子育てや家事をしていく中で、ふと虚しさを感じることが多くなり、自身を見失いそうになっていることに気づいたのです。

「東京味わいフェスタ」でラトビア料理について教える村越さん
©2016 J.R Photogaphy

1万人のロシア女性の心を支えるインスタグラマー

自身が感じた「虚しさ」が一体何なのか、心理学を学ぶことで解決しようとしたのです。パートナーとはいつかお別れ(死別や離別)するときが来て、子供たちは自立し親元から離れていきます。
ロシア人のお母様に育てられた村越さんは、「年長者の意見が絶対で黙って従うべき」という封建的な教えを受けて育ちました。そして自身もそのように行動してきました。
しかし、村越さんが子供だった時代と自身が子供を育てている現代とは環境も時代も違います。教育方法も親世代の子育て方法に従うのでは時代とズレてしまうはず。今の時代に合った子育てをする必要があります。
「年長だから従う」というのではなく、自分はどう考えるかをまず考えて、行動する人間に子供達が成長してほしいと思うようになりました。
お父様がポーランド人、お母様がロシア人という環境で育ったということもあり、村越さんはロシア語が母国語ということもあり、悩める多くのロシアの女性たちに、コーチングサービスを提供をしています。
村越さんは2003年に再来日することに決めたのは、わずか5日間だったと言います。悩んでいる間に人生の時間は過ぎてしまい、結局何もできなかったという人生は非常にもったいない。悩んでいるならば、まずはやってみることを応援したいと考えています。村越さんのインスタグラムは、なんと1万人ものフォロワーがいます。
ひとりでも多くの人が、幸せになってほしいという願いを込めて村越さんは日々パワフルに活動しています。村越さんは現在休止中の、料理を作るオンライン料理教室を息子さんと一緒にまた開催したいと考えています。再び日本でラトビア料理を教えてもらえる人が増えるのではないかと今から楽しみです。
村越さんはラトビアへ2、3年に1度帰国します。ラトビア人として、おすすめするラトビアの楽しみ方を7つ教えてもらいました。現地に住んでいたからこそ、観光ガイドブックの情報ではなかなか行けないスポットを紹介してもらいました。


ラトビアに行ったら体験してほしい7つのこと

1.平ら過ぎる景色を見てほしい
帰国すると首都のリガから、故郷のリエパーヤ(Liepāja)に向かう道中の見渡す限りの平らな景色がラトビア的です。日本に住むようになってから、この景色は日本にはないと気づいたそうです。ラトビアには山がほとんどないために見渡す限り平らなのです。

村越さん画像提供

2.さらさらの白い砂浜を裸足で歩くと最高
リエパーヤのバルト海沿いの砂。砂質が日本では見たことがない白く柔らかく裸足で歩くと心地よい感触です。


3.リガ湾とバルト海がぶつかる場所がすごい
リエパーヤからさらに北上したリガ湾とバルト海が見える街のコルカ(Kolka)にも行って欲しいです。外海と湾がちょうどぶつかる場所に位置しているため、湾と海の水が明らかに違うということが分かります。

4.ラトビアのマスコット的存在の牛を探そう
バルト海沿岸の街、ベンツピルス(Ventspils)はアーティストがデザインした20ほどの牛のモニュメントがたくさんある街です。ラトビアを象徴する動物でもある「牛」を探しながら街の散策を楽しんでほしいです。

5.白い洞穴でアドベンチャー探検
リエズペ洞穴(Riezupe Sand Caves)もおもしろいです。ろうそくを持ってガイドと一緒に探索します。ガイドがいないと迷って出られなくなりそうな場所ですが、探検家になった気分になりますよ。

6.ヨーロッパ最長の滝の上を歩く
ヴェンタ滝(Ventas Rumba)はヨーロッパでは最も長い240mの幅で、高さが180cmから200cmの小さく珍しい滝です。滝の上を歩くことができます。日本ではなかなかできない体験だと思いますね。

7.ラトビアの紅葉狩りで秋を満喫
スィグルダ(Sigulda)の秋の紅葉も素晴らしいです。9月末から10月初旬ですが、紅葉の時期にラトビアへ旅に行くならおすすめの場所です。

何かしたいけれども、もしかしたら失敗するかもしれないので、行動に移せないと考える方もたくさんいると思います。「間違い」から始まった日本との出会いが、ただの「間違い」ではなく、その場所で何ができるか真摯にご自身と向き合い行動できたからこそ、村越さんの平和で幸せな時間があるのかと思いました。

村越さんの料理イベントのレポート、インタビューはこちら→「突撃!世界ごはん」前編後編
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2021.10.02訂正